土出に伝わる諏訪神社

(平成17年5月号)

諏訪神社は長野県諏訪湖のほとりにある諏訪大社を元社として、祭神は建御名方命(たてみなかたのみこと)と八坂刀売命(やさかとめのみこと)で、この両神を祀るのが上社で、これに、八重事代主命(やえことしろのみこと)合祀したのが下社と云われています。上社が二社、下社が二社で四社から成るのが諏訪大社で、山の守り神、農耕の神として全国に祀られている。
 伊閑町の諏訪神社は新井の三松橋をわたり左折して50m位行った一段高いところに祀ってあり、諏訪神社の御神体は女神で大きな角を抱えており、この姿から上社の八坂刀売命と思われている。昔、片品川が反乱し田畑に被害が多く出たために、水を治める神として祀られたのではないかと伝えられている。
 諏訪神社の祭日は、旧暦の7月27日で、祭りが始まるときに地元の猟師が鉄砲を撃ちならしたことから、鉄砲祭りとも云われて土出中から多くの人が集まり大変にぎやかだったそうです。祭り当日には出店も(子供のおもちゃなどの小物や駄菓子を近所の民家から借りて来た戸板の上に並べて売ったそうです。)多く出て鎌田からも今は片品村の最高齢者(103才)になっている星野だいさんなどが出店してたそうです。
 昔はこの祭りの前に7月7日に伊閑町だけの風祭りが行われて、当日は人足で道治しなどをしてから、男の人は酒飲み、子供や女の人には菓子などをくれたと云う。  また、7月20日の祭りには、白いすすきの穂を取って来て供える慣わしに(建御名方命(男の神)と八坂刀売命(女の神)を祀っているところから共に白髪の生えるまで長生きをすることを意味してる)なっており、伊閑町と閑野の人がお祭りに来たと云う。
 諏訪神社の敷地内には、萱葺きの大きな舞台があり、昔は年に1~2回芝居(歌舞伎が主で芝居が行われている間は舞台には泊まる場所がないので役者は近所の民家に別れて泊まったと云う。)が行われて村人が楽しみにしていたが、終戦後は芝居も来なくなり舞台も傷みがひどくなり、昭和40年代に取壊されたそうです。
現在の諏訪神社の建物は平成10年頃の台風で神社の建物がずれたりして保存が困難になったので、神社新築の話が始まり土出中の人達の寄付により平成11年8月に落成したそうです。
 今では、祭り当日にお参りに来る人も少なくなって昔のような祭りが懐かしいと萩原三喜三さんふさ子さん夫妻は話てくれました。


 

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