戸倉に伝わる天神まつり

(平成16年9月号)

戸倉部落には今は中断されたままでいるが、「天神まつり」と云う行事があり、毎年4月24日、7月24日」、10月24日の日に部落内の小学校の子供がその年の世話役(現在の子供育成会の役員と同じ様な人)の家に集まって学問の神様に習字が上手になることを「願って」子供達全員が練習をして半紙に「天神宮」と書いてそれを梅の木の枝につるして、床の間に掛けた天神宮(学問の神様)の掛け軸にお願いしたそうです。
 それが終わると子供達はそれぞれの家から持ち寄った米で世話役の人に「しょうゆ飯」を作ってもらい食べるのが楽しみだったそうです。又、この話しを萩原一二さんに聞いてもらった時に、「しょうゆ飯」の中に鮭の缶詰(かんずめ飯)が入っていたこともあり、とても旨かったと現在 戸倉で最高齢者の萩原平人さん達は懐かしそうに話してくれたそうです。
天神まつりはお宮や祠などは無く、その年の役員が行事が終わると次の役員に「天満宮」と書いた掛け軸が引継がれて太平洋戦争頃まで続けられたが、終戦後はいつの間にか途絶えて「掛け軸」も昔の民家の新築や改築などで紛失して今はすっかりと忘れられていると云う。
 この「天神まつり」が行われ始めたのは、明治43年に土出分教場から戸倉648番地(現在の松浦商店の裏)に戸倉分教場が開校された頃に子供の習字が上手になることを願って始められたと云われており、昭和7年に分教場が現在の戸倉サブセンターのところに移転した後も太平洋戦争の終戦頃まで行われて現在で50才代の人達までが経験したそうです。
 この取材に協力してくれた萩原一二さんは、戸倉部落に伝わる文化や行事を次世代に残そうとして部落の人達と資料集めなどをおこなっているが、この「天神まつり」などは仏像や社もなく、また 書物もないために次世代に記録を残すことは大変なことだとしみじみと話してくれました。

 


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