越本に伝わる催事(にぎりっくら)

(平成16年8月号)

越本字細工屋地内にある武尊神社(越本の総鎮守)には470年以上の歴史を持つという「にぎりっくら」行事が行われている。
 この「にぎりっくら」行事は以前は旧暦の中の申(さる)の日に行っていたが、太平洋戦争後は11月3日(文化の日)になった。この祭り当日には越本各部落の当番の役員(はかり番、ふかし番)の人達が赤飯をつくり、飯台や(昔は担ぎ桶)に入れて神社に持って来たという。飯台の数は全部で12個あり昔は各部落ごとの信者の数の比例して割振りをしたのではと推測されるが詳しくはわからないと云う。
 赤飯の材料は各部落のはかり番の人が各戸よりもち米を1升と小豆をおわんに1ツを集めて、それをふかし番が役員の家で赤飯をつくり担ぎ桶に入れて神社に持っていき拝殿に奉納した。(太田部落ではふかし当番になると4年間続けてする習わしになっており、現在では味噌加工所でふかしていると林ハル子さんは話してくれました。)すべての部落で奉納し終わると神官が祝詞をあげた後に区長の合図で各部落の役員が赤飯を持って拝殿から境内に出る。それを待っていた村人が一斉に役員に向かって赤飯をにぎりとりに襲いかかり騒然とした赤飯争奪戦となり櫃の中に手を突っ込み、われ先にと赤飯をにぎり取ろうとして村人の顔も衣服も赤飯だらけなるそうです。
 このにぎりっくら行事に参加し、多くの赤飯をにぎり取れると、それだけ多くの作物が豊作になるといい、さらに疫病にかからないのだと云い伝えがあり ある年、1年だけにぎりっくらをしないで村人に分けてやったら、その年が異常な凶作になったので翌年から従来のにぎりっくらに戻したと云う。又、武尊神社の御身体が一時期に紛失したことがあり、その後の元に戻されていたそうです。
 神社でのにぎりどりの争奪が済むと、村人は各地区にある氏神に参拝に行く。氏神にも当番の家から赤飯が大きな飯櫃に用意されており、参拝の村人や他の参拝者にもふるまっていると林 昌一さん、笠原 稔さんは語ってくれました。

 


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