味噌造りとみそ玉について

(平成19年3月号)

今月は味噌造りとみそ玉についてのお話です。
 現在では、日本中でその地方独自の特長を取り入れた特産品として「味噌」が販売されておりますが、片品村においても昔から特産の大白大豆を使用して、それぞれの家で「味噌仕込み」が行われて来ました。
 昔の「味噌造り」は毎年2月~3月頃になると各家々で「味噌玉」作りが行われて、一晩ほど水に浸した大豆を大きな釜で煮たものを、味噌踏み桶(直径120cm位)に入れて、大豆踏み(味噌踏みともいった)用のわら靴を履いて大豆をつぶしたそうです。 大豆が熱いので足が焼けどしない様に「タビ」の上に「手ぬぐい」や「布」を巻いて「わら靴」履いて大豆踏みをしたと云う。
 つぶした大豆は丸い「三角むすび」の様にした物、又は「まゆ玉」の様に細長く丸めた物と2通りあったそうで、「三角むすび」型のものはわらで十文字にしばり、2個ずつにして土間の天井や軒先に吊り下げて乾燥させたそうで、土間に吊るしたものは囲炉裏で火を燃やすので乾燥する頃には煙で味噌玉が茶褐色になったそうです。「まゆ玉」型のものは養蚕用のカゴに「むしろ」を敷きその上に並べて、2階の日当たりが良く、風通しの良い場所か、軒下で回転をさせながら乾燥をさせたそうです。 およそ、2ケ月ほど乾燥させると表面は乾燥して多くの「ひび割れ」ができ、中の乾燥してない部分に「カビ」が発生してきたら、軽く「水洗い」をするか「ふきん」で「ほこりやスス」を落としてから、水車へ持って行き「石臼」で搗いてから(中には餅搗き臼で細かく搗いた人もいた)、「味噌踏み桶」で「塩」や「水」と一緒によく混ぜてから、4斗樽に仕込みをして2年~3年位の熟成させる人や個々の家により個人差はあったそうです。
 その頃は「麹」は使わないで「味噌玉」の乾燥時に発生した「カビ」が酵母として使われたそうですが、昭和35年頃から農業改良普及所の生活指導員の指導で育苗機械を利用した共同の「麹造り」が行われる様になり、「米麹」や「麦麹」が多く使われる様になったが、現在のように大豆1斗に麹1斗と云うようには使えなかったそうです。
 世代交代とともに、自分で「味噌仕込み」をする人が減少傾向に有りましたが、最近では片品特産の大白大豆を使った手造り味噌の風味の良いところが見直されて「味噌作り」をする人が多くなって来ました。
 又、昔の醤油のない頃は正月などに使うために、よく熟成をさせた味噌を使い「味噌すまし」を作ったそうで、「すまし」を作るには大きな鍋で味噌を煮出したものを、「ふきん」で大豆カスをこしたものを大きな「かめ」などに入れて置き、「うどん」を食べるときに使ったが、よく熟成した味噌ほど「風味」の良い「すまし」が出来たそうです。
今回の取材にご協力を頂きました星野志づ子さん、星野秀子さん、高橋せきさんには誠に有難う御座いました。

 


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