雨古山(あまごやま)のお話

 (平成16年5月号)

摺渕に伝わる催事のおはなしです。
 雨古山(あまごやま)は武尊根小学校の南東部にある山で北西部に面した半分が摺渕字宮脇オロ、南東部の半分は摺渕字片地と2つの地区にまたがる山で地元では(あまごい山)とも云われている。この山には北側の宮脇オロから丸太で作った階段を100m位登ると八合目付近の平坦のところに摺渕地区の人達が養蚕の豊作を祈願するために稲荷様を祭ったと云う。
 その近くには成田山の分身と云われる稲荷様もあり、養蚕が盛んな頃は農家の人が蚕の豊作を祈り、赤い布に雨請い稲荷大明神と書いたのぼり旗を奉納し、甘酒を供えて豊作を願う行事が行われたそうである。また、蚕の掃き立てが済むと稲荷様にお参りをする人もいたと云う。  
 雨古山の稲荷様から南西の方角に少し離れたところに、伊香原を見渡せる台地があり、そこにこかげ様と云う石宮があり稲荷様と一緒に信仰の人が多かったそうである。現在ではお参りをする人もなく、丸太を切って作った階段も腐り昔の面影は忘れられてしまったと吉沢武一さんと飯塚保雄さんは昔を思い出して話してくれました。
 また、飯塚保雄宅の裏山には天明峠と云う峠があり、下摺渕の人達が漆生原や花咲方面に行くときには多く利用したそうで、峠には昔から雷が多く発生したので雷よけの雷神様が祭ってあると云う。その峠の下に明治の中頃まで天台宗の檀家を持たない旅の修行僧だけが宿泊して修行をしたと云う正福院と云う寺があり、明治初期に火災で焼失したがその後に再建された、明治6年頃に政府が行なった地租改正により廃寺となり、寺は追貝に移築されて現在では石垣だけが残っており、近くの片品川を見下ろす高台に正福寺関係者の墓があるが最近は墓参りに来る人も少なくなったと飯塚保雄さんは話してくれました。

 


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